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主治医に言われた「うつが治ったかどうかの判断」~てんかん嫁の鬱日記~

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ぼちぼち生きてます。嫁です。

さて変わらずてんかんを患っております。

年末年始はどうしても生活スケジュールが乱れがちだったせいか、何某かのストレスがあったせいか初めて病院の予約をぶっちしました。

これね。大問題。

特にてんかん患者は薬を切らしちゃいけないんです。

最近発作がないな、良くなったのかな?って誰もが思いがちなんですけど、薬が上手く効いて抑えられてるだけですから。

私は意識消失(泡拭いて倒れる)や痙攣(ビクビク震える)の発作がほぼ無い方で、運転もほぼしないので影響は少なそうですが万が一があります。

一度勝手に薬をやめてしまうと再度薬が有効血中濃度に達するまで2週間(およそです。病状や飲んでいる薬にもよります)。

反動で今までになかった大きな発作が起きることも。

ニュースでよく「交通事故を起こした人はてんかん持ちだったけど薬を飲んでなかった」って問題になりますよね。

気持ちはすごく分かるんです。

風邪薬とかも5日分処方されて結局3日で治って残り捨てたりしますよね?

てんかんはそのスパンが年単位なんですよ。長いと3年も5年も10年も薬を飲んでる。

でも薬を飲んでるだけで、普段は全然発作や不調を感じない。

風邪で言ったら「熱は下がったし喉の痛みもくしゃみ鼻水も収まって2日経つ」ってところ。

それが数年も続いてたら「あれ?これもしかして治った?もう薬いいかー」って思っちゃいますよね。

本当にその自己診断はだめです。最近調子いいなーと思ったら主治医に相談。少しずつ薬を減らしていきましょう。

やたらと敵視されがちな薬の一つに皮膚科のステロイドもありますが、てんかも並以上に気をつけなくちゃいけないって肚をくくってます。

今回病院に行かなかった理由

それだけ分かっててなんで病院行かないの?バカなの?って言われそうですけど、自分でもそう思います。

ちょうど鬱が最高潮(というか最底辺)くらいの時で、もうどうなってもいいやって思っちゃってました。

多分鬱の薬だけだったらそのまま放置して旦那が連れていってくれる状態になるまで放置してたと思います。

でもやっぱりてんかん。何かあった時に人様に迷惑かけるんです。最悪命を奪う側にもなりうる。

そう考えると鬱だとか行きたくないなんて悠長なこと言ってられないんですね。

幸いこれまで通ってた分で残ってた薬があったのでそれを服用して過ごしてました。

発作などは特になし。それでも本当に薬が少なくなったのでちょっとだけ具合がいい時を狙って予約の電話をしました。

これでひとまず発作は安心。人様に迷惑をかけるリスクは減りました。

今回の診察で相談したこと。

今はアップダウンがすごく激しいです。

朝起きて一日中片付けしたり、買い物行ったり出来るかと思いきや、明け方近くに「もうだめだ生きていても仕方ない」って気分になったり。

この精神的なブレが曲者で、自分の現状が把握出来ないんですね。

風邪だったら「熱が高いからまだまだだな」「平熱になったけど、まだだるいし咳と鼻水が止まらないな」「大体元気だけど喉の痛みだけ残ってるな」って段階的に治っていくのが分かるじゃないですか。

精神的な病気に関しては「いける!!」「もうダメだ!」が波のように交互に来て、しかも幅が大きいんです。

自分でこれは大丈夫だなって目測が立てられない=先の予定が見えない=無限に鬱が続く気がする。

んー、地獄感伝わるでしょうか。

私は以前も精神科に通っていて、その時はたまたま新しい薬が(名前を失念しましたが)合ったのか徐々に治っていきました。

気が付いたら普通に生活していたので、「完治」の目標が分からなかったんですね。

「先生、鬱ってどういう状態になったら治ったって言えるんですか?」

ハッキリ「うつ病」と診断されたのはまだ1ヶ月くらいなのですが、この1ヶ月で疲弊しきったので意を決して主治医に聞いてみました。

「テレビを見て、読書をして、家族と会話して、ご飯を食べて、色々やってもまだ『暇だな、どれ仕事でもしてやるか』ってなったら治ってますよ」

なんだか衝撃的でした。と、同時にすごく腑に落ちました。

これ全部普通の人が当たり前にやってるんですよね。

現代ニッポンは仕事でクタクタってことも多いでしょうけど余計なこと考えたり自分を責めたり嫌だ嫌だと思いながら暮らしさない。

ああ、そうだよね って1人で納得しました。

これまで「まずはフルタイムで仕事。次に家事。自分の時間も欲しい。でもやる時間が無い」

先生が言った優先順位と真逆。

そしてこれだけはっきりとゴールを伝えてくれると、自分の目安になります。

「まだ○○が出来ないから調子が悪いんだな」

鬱の厄介なところは波があって、ちょっとだけ調子がいい時は普段に生活が出来るんです。

だから余計に出来ない状態になると「昨日は出来たのに。やっぱり私は病気を傘にきてだらけてるんだ」って自己嫌悪が襲ってくる。

「アレが出来るコレが出来る」じゃなくて、そこに余裕があるかなんですよね。

勿論テレビや読書は一例です

要は今まで出来たことが楽しくない。

通ってるうちになんとなく私の趣味も分かったんだと思います。後は先生の趣味とかものの喩え。

いずれなんでもいいんです。自分が好きなこと・興味をもってやってたことが急に億劫になる。

これが鬱の第一歩です。

今の私の現状で言うと、バラエティはしんどいです(元々あまり見ないですが)。

1話完結の海外ドラマは大丈夫。字幕に疲れたら休みます。

人物の感情移入がまだ出来ないので、読書は出来てません。雑誌を眺める程度。

アニメ・マンガも同様に手が伸びません。

あれだけ張り付いてたTwitterも追えなくなりました。リプでの会話とか楽しかったのに。

じゃあ今何してるの?何なら出来るの?

今はもっぱら大量の手帳を並べてその都度思ったこととか、家の模様替えのこと、「チラシの裏にでも書いておけ」ってことを黙々と書いてます。

塗り絵なんかもしてます。そんなに頭を使わなくてよくて、余計な情報が入ってこない。

マインドフルネス(瞑想)もそうですがゼンタングルとか曼荼羅、ちょっと前になると写経なんかが流行ったのも頭を空っぽに出来るからじゃないでしょうか。

このあたりの暇つぶしも出来ない時は、ただただ横になったりいっそ昼間でも薬を飲んで寝ちゃいます。

今出来るのはこんな感じ。

これが徐々に治っていくといいんですが。

 

336pxあど

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